「心の遠近」
「近親者」という言葉があるように、人は近くのものには親しみをもち「親近感」を抱くとも言います。今、私達は実際に観ることや、触れるものには親しみを感じ、逆に夢や憧れ、ときめきなどには、身近なものや目の前のものより遥かなもの、遠くのものに感じます。「星に願いを」の思いは、星が何億光年の彼方にあればこそ感じるものです。 遠くにある古典の思考や技巧に対して憧れを持ち、それを私たちの身近に親しみをもって感じていただきたいという思いから今回の展覧会のテーマを「心の遠近」としました。作品と共に制作者のメッセージも含めて、どうぞゆっくりとご覧ください。
(展示作品のNo.とサイトの作品No.が一致しています。)
Atelier LAPIS 主宰者 筒井祥之
2021.10.25
「Ignacio de Loyola」イグナチオ・デ・ロヨラ(1491-1521)は、バスク地方のギプスコア地方アスペイティアにあるロヨラ城で生まれました。1521年5月20日に行われたパンプローナの戦いで、指揮中に飛んできた砲弾が足に当たって負傷し、父の城で療養中「イエス・キリストの生涯」の物語や「聖人伝」を読み回心し、カトリック教会の修道会であるイエズス会の創立者の1人にして初代総長です。イエズス会のモットー「AD MAIOREM DEI GLORIAM」(より大いなる神の栄光のために)を旗印として、対抗宗教改革の中で大きな役割を果たしたのです。『霊操』の著者としても有名で、その影響はカトリック教会全体にまで及びます。カトリック教会の聖人で記念日(聖名祝日)は7月31日です。
「ずいぶんと長い時間をかけてきた作品です。
額縁の洋書から選び、最初はそっくりにコピーをするつもりでした。
見本の写真の通りシンプルに四隅にオーナメントを貼り付けて、他に少し彫刻を施し終わる予定でいたのですが、次々と、ここをこうしたらどうだろうか、とアイデアが出てきていつまで経っても終わりが見えない製作となってしまいました。
結果、そっくりのコピーではなくなりましたが、製作過程で慣れていなかった彫刻刀の使い方とかを教えていただくことができて彫り進めてよかったと思います。
7年間LAPISに通い、いくつもの額縁を作ってきましたが、北海道の地に引っ越してから学んだことを思い出しながら全て自力で作り上げた作品です。15年以上前に購入したまま、ずっと温めていた鏡をリメイクするために、既製塗料を苦労ながら剥がし、部分的に木を貼って装飾を加えました。旅行で訪れたフランス北部の町・ルーベにある、元々はアールデコ様式の美しいプールから美術館へと見事に生まれ変わった『ラ・ピシーヌ、ルーベ工芸美術館』(ラ・ピシーヌとは、フランス語でプールの意味です。)で見た額縁からインスピレーションを得てさらに彫りを加え、全体の形を整えた後、金箔と顔料で仕上げました。
石井 晴子
額縁:原型:1560〜1580年代にイタリアのヴェネト地方で作られた額縁を参考に制作 額縁:素材:木地に彫刻・石膏地・赤ボーロ・金箔水押し・黒アクリルグアッシュ・ワックス/(アンティーク仕上げ) サイズ:H245×W225×40mm
私がサンソヴィーノ額縁に取り組み始めたのは、このアトリエの生徒さんのお一人がご興味を持たれたことがきっかけでした。2018年に摸刻したものは立体感に乏しい額縁になり悔しい思いをしました。 今回出品いたしましたサンソヴィーノ額縁2点は、2020年のコロナ禍に「何か挑戦をしなければ」という思いもあり、いわばリベンジで制作したものです。2015年にロンドンのナショナルギャラリーで開催された「THE SANSOVINO FRAME」という企画展カタログに掲載された額縁を参考にしました。オリジナルは全面が金箔に覆われていますが、私は違う装飾(黒と金、木地)で仕上げました。同じ形の額縁でも装飾方法を変えることで生まれる変化や趣きを感じて頂ければと思います。
15世紀末から16世紀初頭にイタリアのボローニャで作られた額縁をもとにデザインし、藍を精製した青薫を塗り重ねたという料紙から金の文字が浮かび上がる紺紙金泥経のイメージで彩色しました。
加藤 英子
No7 額縁:素材:木材・石膏地・パスティーリア・赤ボーロ・金箔水押し・刻印・菊模様のグラッフィート サイズ:H255×W210×50mm
No.8 絵画:合板・石膏地・金箔水押し・テンペラグラッフィート・ 額縁:素材:木材・石膏地・赤ボーロ・金箔水押し・グラッフィート サイズ:H218×W273×40mm
Giovanna Garzoni(ジョヴァンナガルゾーニ)「パンカットの子犬」オマージュ作品です。 テーブルの位置と角度のみ「パンカットの子犬」と同じにし、ガルゾーニの世界を自分に置き換えてみて、「愛犬」「心惹かれる古九谷」「古九谷産地石川県のお菓子かいちん」を描きました。 前回のラピス展で初めて絵画に挑戦してみてその楽しさに魅了されました。 2作目となる今回は楽しいだけではなく、制作過程で次から次へと疑問や課題が出てきて悩みまくりましたが、それらを考えながら描くのはとても勉強になりました。
井上 雅未花
No.9 絵画:合板に綿布・石膏地・黒箔水押し・純金箔ミッショーネ・オイルテンペラ サイズ:H260×W110×D14mm
No.10 絵画:合板に綿布・石膏地・純金箔水押し・ 卵黄テンペラ・油彩 サイズ:H113×W140×D15mm 額 H315×W385mm
動物たちへの”畏敬の念”が私の制作の原動力で、かつて中世ヨーロッパで神を描くためにも用いられた”テンペラ”で制作をしています。 動物たちをある象徴として描いていますが、実は最も大切にしているのは動物が持っている可愛らしさや美しさです。 No.9の作品は2つのピースから構成された作品です。 生き物は限りある時間の中を生かされており、鳥言葉が「あこがれ」のホシガラスを描いています。No.10の作品は、「金花楼」=”キンカロー”という猫の種類からの語呂合わせから生まれ、仔猫に添えた花は”金蘭”で、【眠れる才能】という花言葉を持っています。
16世紀初頭のフランスの時祷書の模写です。 クロード・ド・フランスによって「Master of Claude de France (Maître de Claude de France)」が製作したといわれています。 中央に伸びる茎から左右へ首部を垂れるスミレが素朴で愛らしく、また、枠内の文字はラテン語で「朝課」を意味するようです。 額縁は作品の内容に合わせて作り始めたものではありませんが、製作途中からスミレの絵に合わせて縦方向への伸びと左右へ流れる放物線を意識しました。
齋藤 留利子
絵画:アガチス材・綿布・石膏地・ボーロ・金箔水押し・テンペラ 額縁:原型:15世紀頃に作成されたと思われるフランボワイアン額縁 額縁:素材:合板・木材に彫刻・石膏地・赤ボーロ・金箔水押し・アンティーク仕上げ サイズ:H370×W130× 40mmこの額は今から16年前に偶然にオークションに出品されたゴシック額をLAPISの生徒さんが制作されたいという情熱から、極めて少ない情報量から復刻したものです。フランボワイアンとはフランス語で「(炎が)燃えさかる」という意味で、まさしく炎が波打ち燃えさかるような複雑な形の曲線で表される様式のことです。この額の特徴としては、まるで聖堂を思わせる垂直性と装飾の技巧性です。そこに惹かれ、対になるように額縁を2体制作しました。細長い画面にあてはめるのにフラ・アンジェリコの奏楽の天使2体の絵画を組み込んで、中世の雰囲気の漂う作品にしました。
ベックリンが5番目に制作した『死の島』を混合技法で複製したものです。元の絵はコントラストの強い色調を油彩で表現したドラマチックな画面ですが、複製に際しては混合技法で制作し、モチーフの微妙な色調をメディウムで書き起こし明るい画面の少し冷静な印象のものに仕上げたいと考えていました。 結論としては思いのほかウエットな質感になってしまいあまり上手くいきませんでした。混合技法に慣れていないということもありますが、ドライな質感の卵黄テンペラでの制作の方が方向性にあっていたかもしれません。
日々の中で変化していく “こと” や “もの” の美しさをイメージ の源泉とし、《時間》をテーマに制作しています。作品は主に絵画 で、油彩画、テンペラ画、水彩画など、さまざまな絵具を使い分け ています。できる限り、その絵具ならではの色彩や質感を発揮さ せていくよう心がけています。 絵画の中に表現された時間は様々で、継続している時間もあ れば、一瞬を切り取ったような時間もあります。それはわたしとい う個人のフィルターを通し、非常に個人的な感情のままに表した 時間になります。表現のために画面上では具体的な形を使ってい ますが、追求しているものはきわめて抽象的なのです。
絵と額縁がsuitableであることをめざしてきましたが、今回は絵と額縁にストーリー性を持たせるように制作しました。3枚の絵はそれぞれ脈絡がないように見えますが、並べてみると人によってそれぞれのストーリーが湧き、一枚でも絵を替えれば違うストーリーが生まれます。テンペラ画をもっとポップな表現にし、額縁はドールハウスやペーパーシアターのようなガーリーな雰囲気を持たせたいと思いました。 左の絵は今夏に生まれた孫です。真ん中はシモーネ・マルティーニの受胎告知の大天使ガブリエルのアレンジ、右はKarin KinserのWoman reading at homeの模写です。どのようなストーリーが見えるでしょうか。
Fragment of radiance 輝きの断片 薄霧の闇に灯る。指先を温めるものか、それとも祈りか。 指先から漏れる光は暖かな祈りであり、自身を燃やす炎でもある。 優しいけれど寂しいをテーマに、分断された社会での孤独に寄り添う作品を制作。
絵画や額縁は古くから建築物と深い関わりがあり、イスラムや中世ヨーロッパの聖堂にはアーチを伴う建築が数多く存在します。緩やかな曲線は合理的に分断された直線とは異なり、何処か有機的な無限な広がりを持つことから安らぎの印象が得られ、最近はこの緩やかなカーブのアーチ型の画面に取り組んでいます。画題については、大学が設立される前の修道院は知恵と祈りの宝庫でした。慌ただしい社会から隔絶した空間で物事の真理を追求する修道院の姿に共感を覚え、現代社会にもその意味を投げかけたいと思います。
大学では油画を学んだ後、元々壁画に興味があったので材料研究への取り組みとして自らの探求のために取り組んだ模写作品です。テンペラから油彩への移行期の15世紀に活躍したボッティチェッリの作品で、「パッツィ家の陰謀」に巻き込まれ25才の若さでなくなったジュリアーノ・デ・メディチの死後に描かれた肖像画と言われているのがこの作品です。このテンペラ技法は私には大変勉強になりました。
『かっこ良い額縁を作りたい』という想いから、額縁制作の世界に興味を持ち、この教室で学ぶようになりました。この額縁は初めて金箔を貼り、磨いて作った第一号作品です。やってみたい事を思いっきりやりました。これからいろんな技法を学んで、素敵でカッコ良いもっとたくさん額縁を作っていきます。
アトリエラピスの教室に入って制作した二つ目の額縁です。 最初のものは平らな額にパスティーリャ、グラッフィートの技法で仕上げたので、今回はより立体感を求めて彫刻をする事にしました。 初めは何処をどう彫っていけば良いのかも分かりませんでしたが、先生に教えて頂きながらどうにかカタチにすることができました。 当初は銀箔を貼る予定でしたが、黒ボーロの状態でとても良いイメージだったので完成としました。
額縁は、彫刻した木地にボローニャ石膏、赤色ボーロを塗り、水押しで純金箔装飾を施した後、アンティーク仕上げにより制作しました。額縁の中にはビーズによる自作の刺繍布を収めています。 初めて彫刻作品に取り組み、美しい曲線で意図したデザインを彫り出していくこと、また彫刻部分に金箔を施していくことの難しさを実感しました。作品制作を通して、様々な技法や工程を経て完成される、古典技法による額縁の奥深さを学びたいと思っています。
「トンド」とはイタリア語で「丸い」を意味する言葉で、絵画では「円形画」のこと,額縁も円形額縁のことを指します。 かつて彫刻していた額を、金箔で仕上げようと思い、数年ぶりに箔貼りを指導していただきました。しかし、この複雑な額の彫りに箔を貼る作業には比較的リスクの少ない洋箔を選んで取りかかりました。トンド部分と立体的に迫り出した聖人部分を別々に箔貼りした後、最後に互いを貼り合わせてニスをかけました。時代の古さを表現したかったのですが、トンドのサイズが小さく、彫刻面の表情が失われそうだったので塗装は控えめに仕上げました。箔貼り作業の作業工程を忘れそうになりながらも、気を取り直しながらようやく完成した作品です。
絵は芥川龍之介の物語からインスピレーションを得た大阪の画家「橋本六久」さんの作品です。2019年オランダのアムステルダムの国立美術館Rijks Museumに展示された木画(インタージア)箪笥に装飾された、さまざまな「不思議な植物」を参考に今回の額縁模様にしました。作り方は石膏の盛り上がり、黄土色のボールスを塗った後に、金箔とテンペラで仕上げた「安藤ロスヴィタ」の制作によるものです。
イタリア古典技法の装飾をふんだんに施した額縁を作りたいと思い、最初は額装するものを決めずに制作し始めました。このような額縁は、昔はキリスト教美術を飾るために、宗教的な調和を第一に考えて作られましたが、今では自由な発想が意外な効果をもたらす事もあるようです。額縁の制作中、以前アルハンブラ宮殿を訪れた時に購入した、イスラム教のアラベスク模様の絵皿をふと思い出しました。それを額縁の中に置いてみると、それぞれの装飾が互いに引き立てあい、思いがけない調和を生み出しました。背景には切り絵で宮殿の壁の装飾模様を表現しました。中世から継承され、影響しあってきた二つの宗教美術に畏敬の念を抱きながら制作しました。
浜田 恵美子
絵画:合板・石膏地・金箔水押し・テンペラ 額縁:アユース材・石膏地・パスティーリア・赤ボーロ・金箔・ アンティーク仕上げ サイズ:H620×W290 mm
フィレンツェのサンマルコ美術館に収蔵されている「リナイウォーリ祭壇画」は、1433年フラアンジェリコ(当時38歳)によって中央パネルに聖母子が、その周りには奏樂の天使像が12体も描かれています。その12体の中から、やっと3体まで模写しました。 今回の展示はそのうちの2体です。まだ、しばらくは制作を楽しめそうです。 ちょっと不満なのは、その中に何故かリュート属の楽器を持った 天使がいないことです。
元々は、16世紀にイタリアで発達したドロンワーク(布の織り糸を抜き、かがり模様を作る刺繍)が宣教師 たちによって各地に伝えられました。そのうちの1つであるノルウェーの伝統的な刺繍技法の「ハーダンガー刺繍」は、布目を数えて刺繍したあと、織り糸をカットして、残った織り糸をかがるのが特徴です。今回の作品はボッティチェリの「書物の聖母」を模写した絵です。 祭壇型額縁を制作する過程で、習っている「ハーダンガー刺繍」を組み合わせたいと思うようになり、 ボッティチェリに敬愛を込めて縫い上げた刺繍を作品の背景にして、僭越ながら一つの作品に仕上げました。
田 ハイギョク
絵画:合板・石膏地・赤ボーロ・金箔水押し・テンペラ
サイズNo.31:H300×W225 mm No.32:H210×W148mm
大学では油画を学んだ後、元々壁画に興味があったので材料研究に取り組もうと思い、日本でテンペラについての講座を探してLAPISに辿り着きました。 この2点は15世紀初頭に活躍したフィレンツェ派を代表する大画家。フラ・アンジェリコの天使2点です。絢爛豪華な黄金背景のこれらの作品は、ヨーロッパの13世紀~15世紀頃にかけて描かれたテンペラ技法で宗教画を主題としていました。この金箔技術の研究を通して、彼の仕事が写本の制作からフレスコ画や金箔工芸的装飾の技法作成にどのように影響を与えたのかを、その技術の関係性から学ぶことができました。
エッグテンペラの技法を習得する中で、フィレンツェのウフィツィ美術館にあったジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの装飾的な技法に惹かれ、いくつか模写をしてきました。 以前「聖母戴冠」を模写した際は、所蔵されているポール・ゲッティ美術館に実物を観に行きました。今回の作品は、その天使の部分です。 額縁は、金箔を貼り磨いたあと、アンティーク調に仕上げました。
私は普段、テンペラ画や油彩画を描いています。自分で描いた絵を入れる額縁を作りたいので装飾のデザインはどんな絵にも合うようになるべくシンプルにしています。この額縁は、額作りの基礎を一通り学んだ後、復習を兼ねて制作した作品です。石膏の重ね塗りや、金箔の貼り方など、回数を重ねる度に落ち着いて作業ができるようになりました。パンチングで装飾をした後に緑の顔料で古美をかけてアンティーク調に仕上げています。
見えないけれども在るという思いも、在る事にするという態度も、どちらも祈りに繋がってゆくようです。それは生まれるのでもなく、消えていくものでもなく。一方、無いものを作ることの悩みは、要不要のあいだで揺れ動き、深刻です。物理的な存在は、残ること、消失することと共に。数年にわたりイタリア、ポーランド、インドと、祈りの形を写しながら辿ってきました。発端は自発的なものですが、その後は偶然とご縁による産物。
工作も農作も作ることの側にはいつも祈りがあると、改めて気付かされる「旅」でした。この中には写経を納めてあります。お焚き上げまでの保管場所、容れ物です。