横浜本牧絵画館 展示会に寄せて

ーヨーロッパの古典技法ー
絵画・額縁の魅力
展示会に寄せて作者のメッセージ

※展示順となっております。

齋藤 留利子

なぜ額縁を作ろうと思ったのか。よく聞かれますがすぐに返せる言葉が見つかりません。幼い頃から美術館で絵を見る時は、絵を見て一周し、額縁を見てもう一周していました。今思えば何か「魅力」を感じていたのかもしれません。額縁は、絵と一体となってその魅力を存分に引き立たせる存在です。時代によってデザインが大きく違い、人の手によって丁寧に作られた、絵画と同じくらいの情熱が込められている作品だと思います。「次はどんな額縁を作ろう!」「中の絵はどうしよう!」なぜの理由はわからなくても、想像と興味は尽きません。

石原 新三

「絶えざる御助けの聖母」は16世紀にクレタ島で発見された無名画家の作品で、格式の高さから多くの人が信仰の対象としました。一時、宝冠を付けられましたが現在では外され、レデンプトール修道院が厳重に保管しています。「親指のマリア」悲しみのマリアともいわれ、18世紀カルロ・ドルチによる制作で、評判を呼び多くの模写、バージョンが描かれました。このモザイクはイタリアベニスのオルソニー社のズマルトガラスを使っています。色数が多く細かいカットに向き、セメントに混和材を混ぜ直貼りで制作しました。

田 佩玉

私は『Atelier LAPIS』にフレスコ画・黄金テンペラ画・羊皮紙の写本などの技法、すなわち、古典絵画の支持体・各種地塗り・描画法・媒介などの材料技法の研究をしています。今回のオリジナル展示作品は、水・油共に溶けやすいカゼイン・メディウムを使い、水性絵具と油性絵具の二重の役をします。その下素描においては混合技法を使いました。また、カゼインはフレスコ画の最上層にもよく使われ、質感の幅が広がります。

筒井 祥之

私が初めてヨーロッパの美術館を訪れた時に受けた2つの魅力を、今も決して忘れることが出来ません。1つめは、18世紀以前の油画の色彩が、実に艶やかで、深い色合いをした美しさを醸し出し、私が知っていたものとはあまりにもかけ離れていました。2つめは、額縁です。それまでは、単に絵画を囲んで飾る脇役として捉えていたのですが、そこでは1つ1つの額縁が存在感を示し煌めいて飾られていたのです。この2つの謎を解き明かすための学びを20年ほど続けた後に、それらを自分の中に留めておくよりも、人と共有してゆく必要性を強く感じ、古典技法の研究、普及を目指し、「Atelier LAPIS」を開設しました。そこでの、様々な方々との出会いにより、私自身が更に数多くの学びを求める機会にもなりました。この空間では、中世のように1点の作品制作に数年かけることも珍しくありません。ご自身にとって、かけがえのない1点を仕上げていただくことを目指しています。ヨーロッパの古典技法を「モザイク」・「フレスコ」・「テンペラ・「油画」・「彩飾写本」そして「額縁」の6章に分け、研究生の方々と共に歩んだ作品をどうぞご覧ください。

矢島 かほり

古典絵画技法の中でも、特にジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの装飾性に魅せられ、「聖母戴冠」を模写しました(展示作品は部分)。パスティーリャ、グラフィート、刻印などの様々な技法が使われ、この模写からテンペラ画は油彩画のような立体表現ではなく、レリーフのような表現をするという事も学びました。LAPISでは、額縁の制作を通して、エイジングの技法を学ぶことができ、表現の幅が広がりました。

境谷 至織

《時祷書(模写)》は16世紀初頭にMaster of Claude de France (Maître de Claude de France)が製作したといわれる作品の模写に、植物の装飾をあしらった金縁を合わせたものです。画面中央の文字はラテン語で「朝課」を意味すると思われます。《二人の灯台守》は映画『ライトハウス』(2019年)の主人公を描いたもので、19世紀末のニューイングランドの孤島を舞台に、二人きりの灯台守が負う過酷な任務と対話で構成されるモノクロ映画です。時を経る毎に狂気を孕んでゆく二人の関係性を表現しました。

濱田 恵美子

Fra Angelico(1400頃~1455年)のリナイウォーリ祭壇画(1433年)より奏楽の天使を一体ずつ模写しています。教科書替わりに挑戦していますが、何体描いても新鮮な感動があります。 他にもオリジナルの作品も描き進めていて、今回は15世紀末に制作されたタペストリーに取材した一角獣をテンペラ作品にしてみました。この時代の作品は同時期の日本のやまと絵にも通じる発色の美しさや繊細さがあり、とても魅力を感じます。アトリエでは板絵を描いてはそれに合う額縁を指導して頂くのを楽しみに制作しています。

井上 雅未花

私が制作への原動力として根底に持ち続けているのが、動物たちへ向ける”畏敬の念”です。動物たちが持っている可愛らしさや美しさに、何らかの象徴としての意味を重ね合わせながら描いております。私が”テンペラ”で制作をしているのは、この技法がかつての中世ヨーロッパにおける信仰する神を描くための手段でもあったからです。テンペラが持つ歴史的背景は、私の制作意図と非常に良くマッチして通ずるものがあります。一筆一筆を軌跡として遺しながら、時間を重ねる喜びをいつもしみじみと感じています。

芹澤 祐子

一枚の花びらにとり憑かれた一瞬を絵にしました。木漏れ日の中、はらりと落ちていく花びらは神々しく心が洗われる美しさでした。絵のイメージが仕上がるように、教室で写真を用意して頂き、金箔で光を表現することをポイントにして、苦心して仕上げた時の喜びは大きかったです。イメージ通り仕上がったのは、テンペラ画の技法によるものだと思います。これからも一枚の花びらの表現を追求していきたいです。

滝口 真理菜

黄金背景テンペラの醍醐味はなんと言っても光り輝く金箔。少しのへこみも残さないように石膏を磨き上げるのは大変な忍耐力と集中力が必要で、途中で根を上げてしまいそうになる途方もない作業でした。しかし完成した時の感動はひとしおで、とても感慨深い気持ちになったのを覚えています。普段は金箔はあまり使わないテンペラ画を描いており、光を感じるような作品を描いています。薄い絵の具を何層にも重ね、混色も殆どしないで顔料そのものの色の重なりの美しさを活かしています。

小此木 あつ子

25年以上前になりますが、本屋で偶然手にした本(若桑みどり フィレンツェ 文藝春秋社刊)の表紙をめくり口絵を眼にしたとき、こんな素敵な絵が存在することに感激したことを今でも覚えています。その絵は、ベノッツォ・ゴッツォリ 東方三博士礼拝の部分画です。こんな絵が描けたらいいなという思いでラピスに通うようになって、気がつけば20年以上が経ちました。自宅に合う絵とそれにマッチする額縁を考えながらの作業は、とても楽苦しいものです。完成して自室に飾るのは何にも増して大きな喜びです。

門松 博久

混合技法で星空のある風景を描いた作品です。元図は土地勘のある林道で夜間撮影した写真から、画面の余白と歪みはカメラ本体とサイズの違う広角レンズを使ったためです。混合技法は明度調整が難しい制作方法だという印象を持っていたため、彩色を始める段階で画面を黒と白に塗り分け光を描き進めることに専念しました。誰もいない夜の森で寒さに耐えながら妄想した景色を形に出来たらと思います。

松田 善明

この度の作品は収められた絵では無く、周囲を飾る額縁にあります。以前描いた中から、額縁のサイズが合う絵を用いました。はるか昔に学んだ油彩の古典技法により、小さな自然をサラッとなぞったもので、今回製作した額が念頭にあれば、もう少し異なった絵であったろうと、いささかちぐはぐな感想を持っています。イタリアの古典技法による額縁製作を今学び始める事は、人生の終盤にゲームが振り出しに帰ったような不思議な感慨と嬉しさを与えて下さり、目に見えぬものに感謝いたします。

玉上 順子

アトリエで学んだ様々な古典技法の中から今回は一番好きなパスティーリアで制作しました。石膏液を乗せる面がS字カーブになっているので下図のスクロールからはみ出したり流れ出したりしないように気を付けました。仕上げのワックスを塗る前に全体にパンチングを入れたことでスクロール模様が引き立たったと思います。額の中に入る絵は、額の金と補色関係になる青がメインの絵が良いと思いこの作品を選びました。所蔵先の国立西洋美術館ではこの作品で使用されている顔料を取材し実物の青に近づけるように試行錯誤しながら描きました。

渡辺 美和子

「エジプトへの逃避途上の休息」は、金箔貼りとテンペラ画初挑戦の作品です。今では、石膏を平らにしたり金箔のムラも少なくできると思いますが、未熟なところが作品にアンティーク感を与えていると感じます。今後も、機会あればこのようなイメージで制作したいのですが、完璧に制作できるチカラや知識も身につけたいと思い、ラピスに通っています。もう一点の額縁彫刻は初挑戦で、デザインも朴木も制作しながらカットして自由気ままに制作しました。彫刻刀の使い方を学ぶことができた作品です。

中林 悦子

西洋の古典技法による額縁制作を学びたいと思いアトリエに通い始めて、最初に作った作品です。荘厳なキリスト教美術を飾るために、宗教的な調和を考えて作られた美しい装飾の額縁を再現していくことは、楽しさと緊張感を伴いました。中の絵皿は以前アルハンブラ宮殿のそばで買ったもので、制作中にふと思い出して置いてみたら、イスラム教のアラベスク模様と額縁の装飾に思いもよらない調和が生まれました。背景には宮殿の壁の模様を切り絵で表現し、中世から継承され影響しあってきた二つの宗教美術に畏敬の念を抱きながら作りました。

石井 晴子

数年前から16世紀~18世紀の額縁摸刻をしています。今回、一つは16世紀半ばにフィレンツェで、もう一つは18世紀にヴェネツィア近郊で作られた額縁を展示致します。摸刻による古の職人の追体験では、大きな喜びを得られると同時に苦心もあります。彼らの技術と美意識に憧れつつ、自分の精進の励みにしています。

今村 さくら

額縁は、絵画の脇役に過ぎないと思われがちですが、絵画は額に入れられて初めて完成した作品になると考えます。元は教会の祭壇画の枠囲いであった額は、やがて絵画と切り離され、それぞれの国や地域で独自の様式へ発展していきました。私は、美しい工芸作品ともいえる額縁を、16、17世紀の職人達と同じ古典技法で制作しました。LAPISは、ヨーロッパの伝統技法を学べる日本で唯一の工房です。そこで制作される作品は、古の、そして本物の輝きに溢れています。

宍戸 和之

作品集で一目惚れした額縁の簡略化された図面に書かれた数字は、その魅力的な形と共に、実寸での製作を強く促すものでした。図版を眺めながら資料を読み、当時を想像すること。手順を考え、手を動かすことは、そのまま様式や装飾の意味を考える時間でもありました。製作中、若い頃に触れた池田満寿夫氏の『模倣と創造』を思い出していました。おのれの得手不得手について、あるいはこの先何ができて何ができないのかなど、模することが考えをより深めていくようでした。

森本 真由美

現在、私はカトリック神学を学びながら、キリスト教の美術作品に内包されている多くの情報、深い精神性が、この現代において私たちにどのように働きかけるかという研究に取り組んでいます。古典絵画の模写で取り上げる作品もその主題や、アトリビュートの読み解き、どのように注文され、そして制作されたのかという背景を知ることはとても楽しく興味深いです。制作者の意図を想像しながら作る小作品の制作プロセスにおいては、オリジナル作品とはまた異なる、時空を超えた美が立ち上がってくるように感じています。

加藤 英子

菊を「菊文様」と「乱れ菊」という対照的な描き方で表現しました。花と葉が文様化されている「菊文様」をグラッフィートした額と手彫りガラスの絵です。ガラス絵は咲き乱れる「乱れ菊」を手彫りして着色、誇張ぎみでも感性の赴くまま自由に花びらを遊ばせました。これからも『額と絵で表現する作品』を創っていきたいと思います。

星名 厚子

宮本 慶子

17世紀の画家であり、昆虫学者であるマリア・シビラ・メーリアンの美しいパイナップルの絵をテンペラで模写し、フレンチシャビー風の額に合わせてみました。軽やかな印象の彼女の絵に合うよう、背景も空色を選び全体的に明るい色合いで仕上げました。オリジナルの色彩には全く及びませんが、楽しい制作の時間が持てました。

大滝 真由美

初めて古典技法の金箔額縁を見た時、金箔の艶の綺麗さ、手仕事で作り出す柔らかいフォルム。それらすべてが素敵で心を奪われました。古典技法の額縁は新鮮でオリジナリティがあり、そんな額縁を自分も作ってみたいと思うようになり、ラピスで学ぶようになりました。人の手仕事はその人にしか出せない味があるように、ラピスで学んだ技術で、いつか私ににしか出せない風合いの額縁を作りたいと思います。

安藤 ロスヴィタ

絵はインドの1728年のミニチュアの水彩模写です。銀箔装飾による額縁は18世紀前半のベニシアンフレームです。絵の人物は北インドのムガール皇帝ジャハーンギールの妻で、権威があったヌール・ジャハーンを表しています。彼女は1577年カンダハル(現代のアフガニスタン)で生まれ、1645年ラホール(現代のパキスタン)に亡くなりました。18世紀のヨーロッパではインドのミニチュアは人気があったので、額縁と絵の東洋と西洋の組み合わせを選びました。

鈴木 深雪

35年前にフランスの書店で、「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」に描かれた、ラピス・ラズリ・ブルーの、余りの美しさに目を奪われました。その後英国、フランスでも少し勉強しましたが、日本の気候の中で勉強したいと思った時にAtelier Lapisにたどり着きました。今回はクリスマスのクライマックスシーンによく取り上げられる”Magi”を題材にしました。英国で購入したヴェラムに、卵黄テンペラ絵具で描き、細かい金の装飾はgesso(ジェッソ)の上に金箔を貼り、インクはセピア.ブラックを使用しています。